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2026/01/03 横尾皓さん箱根8区力走!
2026.01.04
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
第102回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝)において、当校、環境システム学科4年の横尾 皓(よこお・ひかる)さんが、復路8区(平塚~戸塚 21.4km)を出走しました。
横尾さんは1時間5分28秒(区間順位14位相当)という力走を披露し、芝浦工業大学では4人目となる箱根ランナーとなりました。
〔平塚中継所〕

7区東京大学秋吉拓真選手を待つ横尾皓選手
タスキを受けて、さあ、出走!
〔茅ヶ崎〕

〔遊行寺坂〕

遊行寺坂では、芝浦工大の旗の前を出走!
〔戸塚中継所〕

好記録で9区日本薬科大学大学の染谷雄輝選手に、タスキを繋ぐ!
2025/12/22 熱海セミナーハウスに行きました
2025.12.22
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
2025/12/22 バレー部の同級生5名で熱海セミナーハウスに行ってきました。
熱海駅、11時集合、観光して、食事をした後、15:00にセミナーハウスにチェックインということでした。
特に予定場所が決めてあるわけでなく、熱海駅の観光案内所でパンフレットと地図をもらい、來宮神社(きのみやじんじゃ)に寄った後、昼食、その後、熱海の海岸を散歩して、セミナーハウスに行きました。
セミナーハウスでは、普通のホテルとは違い、シーツの交換、ゴミ出しなど、自分たちでやらなければいけないことがあり、その説明がありました。
食事は和食で、おいしく頂き満足しました。
我々の会話は、以前は大学時代のことが多かったのですが、今回は亡くなった人の話題、あと何年集まれるだろうか等の話になっていました。
友が段々欠けて行き寂しい歳になってきました。
翌日は、小田原城に行き、小田原駅で解散しました。
〔來宮神社(きのみやじんじゃ)〕
〔熱海の海岸〕
〔セミナーハウス〕
〔小田原城〕
2025/10/04 屋久島縄文杉トレッキング
2025.10.10
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
2025年10月4日~6日の2泊3日で、屋久島の縄文杉トレッキングをしてきました。
10月4日、初日は新幹線で鹿児島中央まで行き、鹿児島港から高速船トッピー・ロケットで屋久島に行きました。
素泊まりの安宿であったため、屋久島安房港から途中スーパーマーケットで食料を調達してからホテルに行きました。
翌日5日の朝4時半にガイドさんがホテルまで迎えに来てくれました。
屋久杉自然館まで、ガイドさんの車で行き、そこから荒川登山口までバスで行きました。
荒川登山口でガイドさんの指示により軽い準備運動をして、6時15分頃出発しました。
トロッコ道を通って、小杉谷・石塚集落と小杉谷小中学校跡に到着、トイレに行き、少し休憩してから、出発、途中、翁杉(倒木)の前と、ウィルソン株の前で写真を撮ってもらいました。
ウィルソン株は中が空洞になっており、中に入ると、切り口がハート型に見ました。
ウィルソン株を過ぎて歩いていると、屋久島で一番高い山、宮之浦岳が見えました。今日は晴れてきれいに見えましたが、こんなにきれいに見えるのは珍しいとの事でした。
更に歩いて行き、大王杉の前で写真を撮ってもらった後、さらに進むと世界自然遺産地域の看板があり、そこから10分位で夫婦杉があり、更に10分位進むと名前は忘れましたが、大きな大木があり、そこで写真を撮ってもらいました。
そこから、20分位進むと最大の目的である縄文杉と対面することができました。
11時50分頃だったので、出発してから、5時間35分かけて、登ったことになります。
約30分位散策した後、12時20分頃、下山開始し、16時30分頃、荒川登山口に到着しました。、
荒川登山口から縄文杉まで、5時間35分、縄文杉での散策30分、帰りは4時間10分の10時間15分のコースでした。
屋久島に行く前は、雨が降るかと心配していましたが、当日は快晴でそれほど暑くもなく最高の登山日和でした。
※クリックまたはタップすると拡大します
2025/10/01 4泊5日の北アルプス縦走
2025.10.01
建築学科1974卒 川本勝一
2025/08/01 4回目の富士山
2025.08.13
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
2025年8月1日に4回目の富士山に登ってきました。
今年は、阪急交通社のツアーで「はじめての富士登山3日間」のコース名のツアーで富士山に行きました。
広島からは3名で、全員で27名の大人数で登りました。
広島から羽田まで飛行機で行き、羽田で合流し、山梨交通のバスで5合目スバルラインまで行きました。
スバルラインで、登る準備をしてから登山開始です。ガイドさんが3名です。
〔1日目〕
1日目は、スバルラインから7合目の山小屋鎌岩館までのコースです。。
出発してから間もなく雨が降り始め、全員レインウェアーを着てからの登山となりました。
周りは暗くなり、ヘッドライトを付けてから登りました。
暗い中、びちゃびちゃで最悪の1日目となりました。
〔2日目〕
2日目は、山小屋鎌岩館から8合目の太子館で1休憩し、山頂まで登り、山頂から太子館まで戻るコースです。
2日目は、天気は晴れで周りの景色もきれいで、順調に登ることができました。
お鉢巡りをし、最高峰の剣が峰に登り、浅間大社奥宮で参拝し、最大の目的である、高齢者(70歳以上)の記帳もしました。
ここまでは順調だったのですが、山頂から太子館まで戻る途中で、休憩があり、ザックを降ろし地べたに座って前にかがんだところ、そのまま前に倒れ、顔面を地べたにたたきつける格好になりました。顔に傷はついていなかったのですが、むち打ちのよな感じになり、首が痛くなりました。
それを見ていたガイドさんが来て、心配して色々症状を聞かれました。
ザック等はガイドさんが持ち、両脇を抱えられるような格好で下山しました。
両脇を抱えられなくても下山できると思ったのですが、万一同じ症状が出た時、みんなに迷惑をかけることになるため、ガイドさんの言われるように両脇を抱きかかえられて下山しました。
〔3日目〕
3日目は、太子館からスバルラインまで下山し、スバルラインから御殿場に行き、御殿場で温泉につかり、疲れを落として羽田まで帰るコースです。
どうにか無事家まで帰ることができましたが、富士山も今回が最後だと思いました。
ただ、日にちが立つと忘れるもので、不完全燃焼だった今回の登山が悔やまれ、できれば、また登ろうかと思っているこの頃です。
2025/02/08 広島出身の浜井さん野球部監督就任
2025.02.08
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
広島(安芸郡海田町)出身の浜井澒丈(はまいひろたけ)さんが、芝浦工業大学硬式野球部の監督として、2025年1月1日付けで就任しました。
浜井新監督は、崇徳高校出身で、芝浦工大工業経営学科に入学し、東都大学野球(一部リーグ)で通算3度の優勝経験がある本学硬式野球部の全盛期に在籍し、卒業後は社会人野球で活躍しました。
現役引退後は、社会人野球の大昭和製紙(現日本製紙)やローソンで監督を歴任後、大学野球の指導者に転身。
明星大学硬式野球部の監督として手腕を発揮し、指導者経験を通じてプロ野球や社会人チームに多くの選手を輩出しています。
年齢は後期高齢者になっていますが、最後、ひと踏ん張りし、強かった昔の野球部にして頂きたいと思っています。
私と浜井さんとは同じ海田町生まれで、家も近く、幼稚園から大学まで、ずっと一緒なんですよ!
彼が明星大学野球部の監督をしていた時、広島で合宿をし、その時見に行ったこともあります。
〔余談〕
海田町はオリンピックで、日本人初の金メダルを取った織田幹雄の出身地ですが、広島カープの元監督の三村敏之さん、カープの名二塁手であった大下剛史さんも海田町の出身です。
三村敏之さんのお兄さんは芝浦工大の野球部で、卒業後は海田町役場に勤められ、私が役場に行った時には「佐々木、元気にしとるか!」と、よく声をかけて頂きました。
ちなみに、ミスター赤ヘル山本浩二のお兄さんは芝浦工大のバレー部だったんですよ!
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2025/01/03 残念、エントリー変更で出場できず!
2025.01.03
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
本学、駅伝部宮本さんが関東学生連合チームの復路9区にエントリーされましたが、1月3日にエントリー変更され、念願の箱根駅伝に出場することができなくなりました。
誠に残念ですが、宮本さんはまだ1年生でもあり、更に練習に励んで頂き、エントリーされるよう頑張って頂きたいと思います。

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