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2024/10/09 南アルプス縦走!
2024.10.09
建築学科1974卒 川本勝一
2024年9月16日~9月21日にかけて、(北岳3.193m⇒間ノ岳3.190m⇒仙丈ヶ岳3.033m⇒甲斐駒ヶ岳2.967m⇒鳳凰三山:地蔵ヶ岳2.764m、観音ヶ岳2.841m、薬師ヶ岳2.780m)の南アルプスを縦走を縦走しました
2024/09/19 囲碁を始めて脳を活性化しましょう!
2024.09.16
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
囲碁は、脳を活性化し、認知症の予防効果があることが分かりました。
囲碁は認知症予防にも、認知症を発症してしまった後にその進行を緩やかにするにも、効果があるということです。
認知機能は残念ながら一生を通じて緩やかに低下していきます。ですが脳には再生力もあって、病気や加齢によって失われてしまった部分があっても、他の場所で新たに神経をつなぎ直すことでその機能を保つこともできます。脳を使うことが大切なのは脳に刺激を与えて新たに神経をつなぎ直すため。もし刺激を与えない状態が続くと、認知機能は急降下していってしまいます。
認知症を治したり、絶対にならないようにする方法というのは今のところ発見されていません。でも、脳に刺激を与え続けることで発症を遅らせたり、進行を緩やかにすることはできます。
囲碁をすると集中力や気づくことができる力、必要な情報を頭の中で保ちながら作業する能力を向上させことができます。
囲碁にそれほどの効果がある理由として、囲碁は、序盤、中盤、終盤で異なる認知機能を使うことです。例えば布石が主な序盤では「空間把握」を必要とされますし、石同士がぶつかり合う戦いが多い中盤ではどうしたら石が取れるのかなどを「推論」する必要があります。さらに終盤、終局時にはどちらの地が大きいかを数える「計算」も入ります。いわゆる「脳トレ」では一つの要素だけになってしまいがちで、ここまで総合的に頭を使うプログラムを組むのは難しい。その点、囲碁は自然とこうしたことが各々のレベルに応じて取り入れられます。
囲碁は、
①選択肢が多く、推論する必要がある。
②大局感が求められる。
③様々な認知機能が必要
です。
囲碁には、上達に終わりがありません。今、認知症予防のためのゲームが盛んに開発されていますが、多くのゲームはクリアして終わりになります。つまり、上達に上限があります。終わりがなく、いろいろなレベルで楽しむことができ、脳に異なる種類の刺激を同時に与えられる。そういう意味で囲碁は想像以上に汎用性のある素晴らしいツールと言えます。
「囲碁で脳を活性化!飯塚医師に聞く囲碁の認知症予防効果」から抜粋しました。
広島支部イベントの一つに、囲碁があり、年4回開催しています。是非ご参加下さい!
興味のある方は、幹事の津村さん、または佐々木(090-4106-7080)にご連絡下さい。
2024/08/14 ダイヤモンドヘッドに登ってきました
2024.09.16
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
この歳になって、初めてハワイに行きました。
旅行の名目は私の喜寿ということでしたが、旅行の間、誰からも祝いの言葉はありませんでした。
私の孫6人の内、仕事で行けなかった長男の孫を除き、5名の孫と一緒に行きました。
総数は14名と多くなったため、次男のグループ7名と我々のグループ7名に別れて行きました。
我々のグループは、8月12日~19日までの6泊8日の旅行でしたが、次男のグループは、8月9日~19日までの8泊10日の9泊12日の旅行をしました。
行きは、広島空港→羽田→リムジンバス→成田→ホノルルの経路で、帰りはその逆で帰りました。
〔8月12日〕
(成田からホノルルまでの飛行機)
〔8月13日〕
ホテルのプールにて、長男の孫が、娘の孫2人の子守
〔8月14日〕(ダイヤモンドヘッド)
(水族館)
(ダイヤモンドヘッドを眺める孫たち) (ビーチ)
〔8月15日〕(息子グループのホテルのプール)
小魚の群れです!
〔8月16日〕(サンセットクルージング)
〔8月17日〕(市内観光)
このー木なんの木!(日立の樹)
(パールハーバ)
(鶏の丸焼きフリフリチキン)
昼食に食べました。美味かったです!
〔8月18日〕
ホノルルから成田までの飛行機
到着は8月19日です!
今回は、飛行機のトラブルによる遅れが多く、次の飛行機に乗り継げるかとひやひやすることもありました。
行きの、成田での搭乗までは順調だったのですが、登場した後、滑走路に異常があると言うことで、飛び立つことができず飛行機の中で待機していました。
成田20:45発だったのですが、離陸した時刻を見ると、24:00頃でした。
帰りも、ホノルルでの搭乗までは順調だったのですが、私の通路を挟んだ右隣の座席のリクライニングが作動せず、キャリアアテンダントが整備士を呼んで修理を始めました。
整備士がきて修理を始めたのですが、なかなか治らず、いったん出て行きまた戻って修理を始めました。しかし、治らないため、そこの乗客には別のところに座ってもらい、出発しました。
飛行機が大幅に遅れたため、成田で手荷物を自宅まで送る予定にしていたのですが、間に合わないため持って帰ることにしました。
リムジンバスに乗るのも予定より遅れたため、羽田発の飛行機に間に合うだろうかと心配になってきました。
どうにか時間には間に合ったのですが、羽田発の飛行機も遅れ、1時間くらい遅れて家に着きました。
2024/07/13 3回目の富士山登ってきました
2024.07.21
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
2024年7月12日~7月15日で3回目の富士山に登りました。
2024年7月12日、飛行機で羽田まで行き、新宿で一泊し翌日7月13日に富士登山を開始しました。
〔概要〕
1日目(2024年07月12日)
①広島空港(ANA)(12:40) → (14:10) 羽田JR
②羽田(14:30) → 品川 → 新宿 → ホテル(東横INN新宿歌舞伎町)
2日目(2024年07月13日)
①京王バス 新宿駅(06:45) → 富士スバルライン5合目(09:50)
②富士スバルライン5合目(昼食・休憩)
③富士スバルライン5合目(10:50) → 山小屋白雲荘(15:10)
3日目(2024年07月14日)
①山小屋白雲荘(04:00)(起床、御来光)
②山小屋白雲荘(04:50) → 山頂(07:10)
③お鉢巡り (07:15) → 中止(07:25)
④山頂(07:35) → 富士スバルライン5合目(10:40)
⑤富士スバルライン5合目(軽食・休憩)
⑥富士スバルライン5合目(12:30) → 新宿駅バスターミナル(15:00)
⑦新宿駅バスターミナル → (夕食) → ホテル(東横INN新宿歌舞伎町)
4日目(2024年07月15日)
①ホテル(東横INN新宿歌舞伎町) → 新宿駅 → 羽田
②羽田(ANA)(10:35) → (11:55) 広島空港
③広島空港で迎えに来ていた孫家族と昼食 → 自宅
今年も富士山の最高峰剣が峰に登り、浅間大社奥宮で70竿以上の高齢者の記帳をして帰ることが最大の目標でした。
しかし、お鉢巡りで小雨と強風に出会い、高齢者(自分)には危険と思い断念しました。
〔バスタ新宿〕 〔富士スパルライン5合目〕
バスタ新宿から京王バスで約3時間かけて富士スパルライン5合目に到着
〔2024年7月13日富士登山開始の証拠写真〕 〔乗馬体験用の馬〕
〔富士山管理センター〕 〔富士箱根伊豆国立公園の看板〕
管理センターで手続きをして登山開始
〔登山案内表示・分岐〕 〔本格的な登山開始〕
最初のこの表示まで、意識的に超スローペースで歩きました。ここを過ぎると本格的な登山開始となります。
〔落石除けシェルター〕 〔溶岩石〕
〔花小屋(最初の山小屋)〕 〔1昨年に泊まった鳥居壮〕
〔溶岩道〕 〔今年泊まる白雲荘〕
スローペースで登ってきたのに、溶岩道がきつく来年は登れるかなと思いながら、やっとのおもいで山小屋白雲荘に到着
〔山小屋からの雲海〕 〔雲から顔を出した御来光〕
翌朝は曇っており、山から出るご来光の写真は摂れませんでしたが、時々明るくなり、 雲海がきれいだったのでシャッターを押しました。雲の上に覗いたご来光も撮れました。
〔山頂に向けて出発〕 〔途中の山小屋富士山ホテル第2〕
〔山頂の鳥居〕 〔山頂〕
昨年と比べ、体力が落ちたのか相当しんどかったが、やっとのおもいで山頂に到着
お鉢巡りをして、剣が峰に登り、浅間大社で最大の目標である高齢者の記帳をしようと思い歩行開始。
山頂は曇っており、小雨と強風が舞っていましたが、まあ、大丈夫だろうと思い進んでいきました。
ところが、道幅の狭いところで、強烈な風が吹いてきたので、これ以上進物は危険を判断し、中止しました。
「風模様1」 → 「風模様2」
この、風模様はあまりひどく映っていませんが、実際はもっと強烈で強い風でした。
〔下山道標識〕 〔下山道〕
〔オンタデ〕 〔シェルター〕
きれいな花が咲いていました。後で調べると「オンダテ」という花のようです。
ここを過ぎると、「シェルター」が見えてきました。スパルラインまであと少しです。
〔こちらにもオンタデ〕 〔富士スパルライン5合目〕
「シェルター」を過ぎると、オンタデがたくさん咲いているのが見えました。
「富士スパルライン5合目」到着。
お鉢巡りをしていなかったからかもしれませんが、昨年より楽に下山できました。
2024/06/11 「大峰山脈~大台ヶ原登頂と高野山巡り」
2024.06.27
建築学科1974卒 川本勝一
2024年6月11日~6月14日で大峰山脈~大台ヶ原を縦走しました。
大峰山脈:八経ヶ岳 (奈良県1915.2m )
⇒ 大台ケ原:日出ヶ岳 (三重県1695.1m)
2024年6月27日 記:川本勝一
今回の目的は日本百名山2座「近畿の最高峰、八経ヶ岳」と「原生林が保護されている大台ケ原」登頂、
それと弘法大師の聖地「高野山」巡りです。
まずは私にとって日本百名山11座目「八経ヶ岳」、登山口から弥山までH800mの急登を2時間余りで 一気に登り、
「八経ヶ岳」から「明星ヶ岳(1894m)」登頂後は来た登山道を帰らず「レンゲ道」に入り、「日裏山(1725m)」、「高崎横手出会い(1665m)」まで下山し、また「弥山(1.895m)」を目指す周回を選択しました。
途中「弥山」周辺以外は全く登山する人と遭遇する事も無く、体力の消耗を感じながら一人旅の心細い8時間弱でした。
案の定、登山口から力強く登ってきたはずの下りでは両ひざに激痛が走りだし,最後の1時間位は悲鳴をあげながらストックを足代わりにすがりました。
自身の足を過信し、無理をしたこの度の計画を責めましたが“後の祭り”。
宿に着くなり、足を癒すためにお風呂に入ると、既に入浴されていた方と山談議で盛り上がりました。
その方は退職後、山に魅せられ3年半で日本百名山を制覇され、現在は300名山を目指されてました。
今回の「八経ヶ岳」は2回目で、連れのガイド役として登られてました。なんと同部屋のお連れはその山男よりも20歳以上若い女性でした。
山男はお元気そうで羨ましい限りですが、これも百名山で鍛えた“なせる技”かと思うと、今日の山下りで悲鳴をあげていた私が凡庸な人物に思えてきました。
寝て起きると足の痛みは無く、日本百名山12座目「日出ヶ岳」から日の出を見るために4時過ぎに起きて登頂を目指しました。
残念ながら雲がかかり、日の出も運が良ければ望める270㎞先の富士山も見る事は叶いませんでした。
気を取り直して、「東・西大台周遊コース」を7時間、15.6㎞は前日に続きタイトな山行になりました。
東大台は植生保護の為に整備された木道から原生林の倒木、樹林の景観を味わいながら、随所に前日登った大峰山脈のパロラマ展望が開けて楽しめました。
かたや西大台は屋久島と並ぶ日本を代表する原生の地。
うっそうと茂るブナ林に囲まれ展望は臨めず、小鳥のさえずりを聞きながらコケの森をひたすら歩き続けました。
昨日同様に登山中に出合う人は全くいなくて、唯一遭遇したのは西大台で「西大台利用調整地区立入認定書」を求めた環境省職員一人だけでした。
ちなみに、西大台への入山は事前申請が必要で、希少な美しい植生環境を守る為に平日30名、土日祝日50名以下の入山制限を行っております。
2日間を検証するに、大台ケ原周辺は降水量が多いいことで知られ、特に梅雨期6月~7月の登山は不適と言われてますが、天候には恵まれました。
ただ、両日とも7時間越えの単独登山は足のひざの弱点をさらけ出し、今年9月予定の5泊6日南アルプス縦走に風雲急を告げられた感がしております。
それと目的の最後「高野山」、6年前に四国八十八ケ所歩き遍路(1.154㎞、34日間)巡礼満願を果たしてから、やっとお礼参りする事が出来ました。
今回は当時の“同行二人”と書かれた白衣と金剛杖、母親の形見の輪袈裟を装備ました。
奥之院は835年に弘法大師が永遠の瞑想に入られ、現在まで1200年もの間、弘法大師に食事を届ける儀式が1日2回行われています。
姿としては見えないかもしれませんが、弘法大師は確かにそこにいて、今までもこれからも変わらない厚い信仰が息づいています。
そんな弘法大師と一緒に“同行二人”として、四国八十八ケ所歩き遍路出来た事を今さらながら感謝しております。
ところで、大台ケ原の宿で出逢った“同行二人”は無事に下山し帰られただろうか。どうでもいいけど!
2023/09/17 「北アルプス縦走」
2023.10.17
建築学科1974卒 川本勝一
2023年9月17日~9月22日で北アルプスを縦走しました。
2023/09/29 「箱根駅伝予選会応援しよう」
2023.09.29
校友会広島支部事務局
2023年10月14日に第100回箱根駅伝予選会が開催されます。
2024年に開催される箱根駅伝は、第100回目となる記念大会です。
そのため、出場枠やルールが例年と若干異なっています。
第100回箱根駅伝では、出場枠が例年より3枠多い23枠に拡大され、第99回大会でシード権を獲得している10校と、今年10月に行われる予選会の上位13校が本戦への出場権を獲得することになります。
〔第100回箱根駅伝予選会 日程〕
開催日:2023年10月14日
スタート時間:9時35分一斉スタート
〔テレビ放映〕
テレビ中継は10月14日の午前9時25分から11時25分まで全国の日本テレビ系列で放送されます。
ほとんどの人が、テレビ観戦になるかと思いますが、母校、芝浦工業大学を応援しましょう!
なお、昨年までは、本大会へ出場できなかった大学から、選手を選抜する関東学生連合の編成があり、芝浦工業大学から今まで3名出場しています。
今回から関東学生連合の編成がなくなり、関東学生連合のメンバーとして出場することができなくなりました。
そのため、チームとして箱根駅伝に出場できることを目標に、応援しましましょう!
2023/07/17 「2度目の富士山に登りました」
2023.07.19
工業経営学科1970卒 佐々木健兒
2023年7月17日、富士山最高峰剣が峰に登りました。
〔スケジュール〕
1日目(2023年07月15日)
①JR 西高屋駅(18:54) → 東福山(20:10)
②夜行バス 東福山(20:50) → 新宿駅バスターミナル(07:50)
2日目(2023年07月16日)
①京王バス 新宿駅(09:05) → 富士スバルライン5合目(11:40)
②富士スバルライン5合目(昼食・休憩)
③富士スバルライン5合目(13:00) → 山小屋白雲荘(18:00)
3日目(2023年07月17日)
①山小屋白雲荘(04:00)(起床、朝食、御来光)
②山小屋白雲荘(05:00) → 山頂(08:00)
③お鉢巡り (08:00) → 山頂(10:00)
④山頂(10:00) → 富士スバルライン5合目(14:00)
⑤富士スバルライン5合目(軽食・休憩)
⑥富士スバルライン5合目(15:00) → 新宿駅バスターミナル(17:35)
⑦新宿駅バスターミナル(夕食・休憩)
⑧新宿駅バスターミナル(20:00) → 東福山(06:50)
4日目(2023年07月18日)
①東福山(07:09) → 西高屋駅(08:23)
今年の目標は富士山の最高峰剣が峰に登る事でした。
最短日数(時間)で登るために、行き帰りに夜行バスを使用しました。
行きは8/15(20:50)東福山発、8/16(07:50)新宿駅着、帰りは8/17(20:00)新宿駅発、8/18 (06:50)東福山着にしましたが、この選択は大失敗でした。
夜行バスでも十分眠れると安易に考えていたのですが、年寄りにはエアコンが効きすぎて寒いこともあり一睡もできませんでした。
新宿駅に到着し予約していた富士スバルライン5合目までのバスのチケットを購入しようと思ったら、一つ早い便でも間に合いますよと言われ、早い便にしました。
途中すごく混んでいて、時間がかかったのですが、一つ早い便にしていたため、当初の予定時間で到着することができました。
高山病対策のため、5合目で食事をしたりして、約1時間半休憩をとりました。
13時に五合目を出発し、8合目の山小屋白雲荘を目指して登山を開始しました。
一睡もしていないこともあり、スローペースで登りました。
白雲荘まで山小屋が9つありますが、山小屋ごとに目標時間を設定し、登りました。
最初の7合目の山小屋(花小屋)迄が、長く感じ、大丈夫かと思いながら登りました。
昨年泊まった鳥居荘を過ぎ、8合目の山小屋に着いたときはへとへとの状態でした。
山小屋で食事を終え、少し休んで寝床に行き横になりました。
山小屋から御来光を見ようと思い、4時に起きることにしていましたが、目を覚ますと4時15分になっており、あわてて外に出ました。
もう太陽が出始めていました。スマホで写真を撮ろうとしたら電源が切れて写真を撮ることができません。昨年もそうでしたが、富士山ではすぐに電源が切れてしまいます。
色々やっていて、モバイルバッテリーに接続し充電状態にしたらうまく行き、やっと1枚だけ撮ることができました。
自撮り棒を使用して自分も写る予定にしていましたが、太陽が昇ってしまいできませんでした。
山小屋を5時に出発し、山頂まで残り500mを登って行きました。
足の疲れはまだ残っており、重い足取りで像が歩くようにゆっくりと登って行きました。
時々、若者がすいすいと追い抜いて行きますが、周りの人の殆どは私と同様にゆっくりと登っています。
登る速度は遅いのですが、トレーニングの成果か、休む回数が周りの人より少なく、抜かれる人の数よりも抜く人の数の方が多く登ることができました。
高山病なのか、休んでから登り始めるとき、少し吐き気がしました。
7時頃、吉田ルートの山頂に到着しました。
少し休んで、お鉢巡りを開始しました。
今回の富士山登山の最大の目標は日本最高峰の剣が峰に登る事であり、その剣が峰を目指してお鉢巡りをしました。
剣が峰の山頂付近では写真を撮るため沢山の人が並んでおり、ここで30分位費やしました。
念願の剣が峰の山頂に到着し、三角点の写真を撮り、次の番の人に自分の写真を撮ってもらいました。
剣ヶ峰にある富士山山頂浅間大社奥宮で70歳以上の登山者が記帳できる高齢者登拝者名簿に記帳しました。
記帳すると、お神酒を飲ませてもらうことができ、記念品(扇子)も頂きました。お神酒を飲んだ盃は記念品として持って帰りました。
10時半頃から下山を開始し、13時半頃スバルライン5合目に到着しました。
途中の下り道は滑りやすく、いくら気を付けて下っていても7回位滑って尻もちをつきました。
スバルライン5合目に到着してから、バスの時間まで、富士山ラーメンを食べたりして、15時発の新宿行のバスで新宿駅まで行きました。
途中すごく混んでおり、新宿駅20時発の夜行バスには間に合わないと半ばあきらめていましたが、八王子から新宿までの区間が思っていたより早く進み、19時半ころ新宿に到着しました。
新宿から東福山まで夜行バス、東福山から西高屋までJR、西高屋から迎えに来ていた家内の車で無事帰ることができました。
〔今回の富士山登山の写真〕
夜行バス |
バスタ新宿 |
行きの渋滞 |
バスからの富士山 |
スバルライン5合目 |
昼食 |
ここから登山開始 |
めよう!弾丸登山 |
下山者も多い |
山中湖 |
河口湖 |
最初の分岐 |
落石防止 |
安全指導センター |
吉田ルート案内板 |
砂利状の登山道 |
案内表示板 |
富士山のてんとう虫 |
昨年泊まった鳥居荘 |
鳥居荘から見た景色 |
雲が吹上げてきました |
白雲荘 |
白雲荘からの御来光 |
鳥居 |
山頂浅間大社奥宮 |
山頂からの景色 |
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お鉢巡り火口 |
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剣ヶ峰への案内板 |
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最高峰剣ヶ峰 |
景色 |
剣ヶ峰まであと少し |
山頂まで並んでいます |
三角点 |
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70歳以上の記帳 |
記帳して頂いた記念品 |
剣ヶ峰から見た火口 |
次の登山者 |
乗馬体験用の馬 |
5合目に戻ってきました |
富士山ラーメン |
5合目から見た富士山 |
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2023/06/09 「陸奥3.750㎞の旅」
2023.06.09
建築学科1974卒 川本勝一
陸奥をマイカーで2023.5.8~18(10泊11日)、家内と二人旅(下記スケジュール表)をしました。この旅の主な動機及び成果4つ(①~④)を紹介させて頂きます。
①孫が遠路、青森で大学野球に打ち込んでる姿を在学中に是非見たい!・・・・の、はずでしたが?!
⇒まずは、孫に逢うために学業が休み5/14(日)に設定しました。ところが、旅行期間中に急遽県外での練習試合が入り、主人公の居ない野球部寮にお土産を届けただけになりました。ここまで2.000㎞走って来たのに無念!!!
②5/8は46回目の結婚記念日、二人で運転を交代しながら「思い出作り」!…の、はずでしたが?
⇒出発前4/20、家内が車事故をし、車修理屋さんから「またまた、事故しましたか! 5月連休までに修理は無理」でしたが、家内が常連客のよしみで間に合わせて頂きました。しかし、私の怒りは治まらず、全走行距離3.750㎞は家内にハンドルを握らせませんでした。お察し頂ければ幸いです。
③陸奥の名湯「かけ流し源泉の宿」で、旅(人生)の疲れを癒したい!
⇒この旅は全て源泉かけ流し宿にこだわり、特に「酸ヶ湯温泉」と「乳頭温泉郷」の湯煙の湧き立つ混浴は陸奥の風情を感じました。 でも、♪草津の湯でも‟妻への怒り”は治りゃせぬ♪
④陸奥の名山に触れたい!
⇒「蔵王山」「八幡平」「八甲田山」では雪中での散策に年甲斐もなく‟大はしゃぎ”。「磐梯山」「鳥海山」は5合目の登山口に足を踏む入れる事が出来、「月山」「岩木山」の冠雪の絶景に感激!
まとめ、①と②は想定外で残念至極でしたが、③と④は想定以上の感動を得ることが出来ました。
とは申せ、無事故で長旅を終えたことに安堵しております。
2023/01/12 「福山蔵王山」1.000回登頂
2023.01.12
建築学科1974卒 川本勝一
福山蔵王山(H225.5m)、1.000回登頂(別グラフ表)を2023年1月12日達成しました。
この山行ついて、少し説明させて頂きます。まずは動機ですが、年1回開催される「50㌔夜間歩行」の後半に待ち受ける山岳部での急な坂道に苦戦しておりました。
そんな時、福山蔵王山は身近で訓練できる山岳トレーニングコースとして紹介されました。それと、同時期に元会社の先輩に大竹市「三倉山」登山へ同行させて頂いた事から山に興味を持ち、2017年11月から始めました。
このコースには我が家を8時にバック総重量8㌔を担ぎスタートし、総距離9.3㎞、累積標高差430m、歩行時間は約1時間50分。随所に急登もありますが、時々出没する猪に出くわさない限り、休憩はとりません。
最近は月に18回~19回ペースですが、当初はこんなに長く続くとは思ってもみないし、つい最近まで1.000回なんて考えた事もありませんでした。
でも、ここまで出来た身体に感謝しながら、次は2.000回目(別グラフ表)を4年6ヵ月後に迎える喜寿までに達成しようと目標に立てました。
ところが、この山行の動機付けだったはずの「50㌔夜間歩行」が諸事情で今年から取止めになりました。そこで、それに代わる新たなチャレンジとして日本アルプス(北、南、中央アルプス)の完全制覇を掲げました。
ただし、私は「福山山岳会」に2年しか所属していないズブの素人なので、北アルプスの2座「剱岳・穂高岳」だけは危険すぎるので取止める事にしました。
とは申せ、これからは寄る年波とも戦わなければなりません。
足の筋力は日々の福山蔵王山で何とか維持できそうですが、お足の金力は減るばかり。それと、身体にとって源の歯はガタガタ、目も衰えるばかりで先の見通しが立ちません。
そんな私の人生最後の‟悪あがき”を皆様の温かい目で見守って頂ければ幸甚に存じます。
2023/01/02 橋本選手快走二人抜きの快挙
2023.01.03
1970年工経卒 佐々木健兒
本校駅伝部の橋本章央選手が、1月2日に開催された箱根駅伝第五区で2人抜き、21番目から19番目に順位を上げでゴールしました。
有力選手に引けを取らない1時間12分38秒で5区9番目の記録で快走しました。
〔東京箱根間往復大学駅伝競走スタート〕 〔関東学生連合チームの新田選手飛び出す〕
令和5年1月2日午前8時大手町をスタート、スローペースの関東学連の新田選手が飛び出しました。誰も新田選手を追いかけず、史上初の関東学連の選手が区間賞を取る可能性も出てきました。
最後に明治大学富田選手に抜かれ、結果的には3位となりました。
〔タスキを待つ橋本選手〕 〔橋本選手スタート〕
得意の山上り、芝浦を代表してスタート開始
〔一人抜き力走する橋本選手〕
小涌園を前に一人抜き、力走する。
〔小涌園手前を20番目で走る〕 〔小涌園手前を通過〕
〔箱根・芦ノ湖 1つ順位を上げ19番目で走る〕
〔19番目でゴール〕
1時間12分38秒で5区9番目の記録で、順位を2つ上げ19番目でゴールしました。
2023/01/01「懐かしの動画」鳥人間コンテスト
2023.01.01
1970年工経卒 佐々木健兒
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
明日(1月2日)の箱根駅伝で、本校駅伝部の橋本章央さんが、5区(小田原~芦ノ湖20.8km)を走ります。
芝浦工業大学OBの皆さんテレビで応援しましょう。
本日は、2017年に行われた鳥人間コンテストの動画を配信しますのでご覧ください。
この年、9月1日に「トリガール」(土屋太鳳主演)が上映されましたが、この映画の原作者は芝浦工大OBの中村航(こう)さんです。
そして、芝浦工大の人力飛行サークル「Team Birdman Trial」(TBT)をモデルとした映画です。
この年、「Team Birdman Trial」は、チーム新記録である6,625mの飛行を達成し、大会でもっとも優れた応援を送ったチームに贈られる「SUPPORTER賞」を受賞しました。
是非、ご覧ください。
動画閲覧 →
「鳥人間コンテスト」
〔関連サイト〕
※
芝浦工業大学の「Team Birdman Trial」がモデルの映画『トリガール!』が9月1日から全国公開
※
「Team Birdman Trial」が 鳥人間コンテストでチーム記録を2倍以上更新
※
「トリガール!」を見てきました
2022年よりも前の記事は「過去の記事」をクリックしてご覧ください!